オープンウェイトモデルの大型公開、エージェントのセキュリティ、モデルの設計思想——。本日は実装と思想の両面で動きのあった一日だった。前回に続きMeta「Muse」にも重要な更新がある。
Xiaomi「MiMo-V2.6-Flash-RL」——309B級MoEをオープンウェイトで、RLのスケーリングによる自己改善へ
XiaomiのMiMoチームが、MiMo-V2.6シリーズの効率重視チェックポイント「MiMo-V2.6-Flash-RL」をHugging Faceで公開した。技術レポートも合わせて出ている。Sparse MoE構造で総パラメータ309B・活性化15B、コンテキスト長は100万トークン。テキスト・画像・動画・音声を1つのモデルで扱うオムニモーダルで、推論高速化のためのマルチトークン予測(MTP)レイヤーも備える。
目玉は「強化学習のスケーリング」による自己改善の設計だ。コーディング、汎用エージェント、視覚、サイバーセキュリティを1回の混合RLでまとめて訓練する「You Only RL Once」や、同一グループ内のロールアウトを比較して報酬信号自体を精緻化するGroupwise Agentic Grading(GRS/GAR)など、独自の仕組みを多数導入している。ベンチマークでもDeepSWE v1.1で67.9、CyberGymで95.1など、フロンティアモデルに肉迫するスコアを示した。
あわせて、MiMo-V2.6をQwen 9Bへ蒸留した「MiMo-V2.6-Distill-Qwen-9B」も公開されている。Redditでは「それは本気だ(That's serious)」と反応が広がり、Pro版についても「修正と誘導は必要だが、GPT-5.6 Sol並みの出力が出る」といった実測報告が登場。オープンウェイト陣営の厚度が着実に増してきている。
Meta「Muse」に重大なゼロデイ——macOSの防御を「巻き戻す」構造問題(前回から更新)
Ars Technicaが、MetaのAIアシスタント「Muse」にゼロデイ脆弱性が発覚したと報じた。前回は「初期ペースがChatGPT超え」「Amazonが利用をブロック」という展開だったが、今回はセキュリティ面で深刻なトピックだ。
MuseはmacOSアプリとして動き、WhatsApp・メール・カレンダー・SNSへのアクセスに加え、ファイル書き込み、マイク・カメラ、位置情報といったOS保護下のリソースへの権限をユーザーが付与する。Appleが長年築いてきた「アプリやターミナルコマンドからこれらを守る」防御を、Museへの権限付与が事実上一括で解除してしまう——それが問題の核心で、ゼロデイを悪用するとローカルで動くアプリやターミナルコマンドがエージェントを完全にハイジャックできるという。単純なClickFix攻撃はその一例にすぎないとされる。「プライバシーとセキュリティを土台から構築」というザッカーバーグ氏の説明と現実のギャップが問われそうだ。報道時点で修正の状況は明らかにされていない。
Jev開発者が語った「RLCD」——RLHFにもRLVRにも代わる「3つ目の北極星」
先週の公開以降、AIコミュニティを席巻し続けているTypeSafe AIの「Jev」。その開発責任者Diogo Almeida氏(InstructGPT論文の共著者)が、Latent Spaceのポッドキャストで設計思想を詳しく語った。ローンチ動画は約4,000万回視聴、Discordコミュニティは10万人を超えたという。
中核となる主張は「Reinforcement Learning for Calibrated Decisions(RLCD)」だ。人間の評価で訓練するRLHFはハルシネーションと追従性を生み、検証可能な報酬で訓練するRLVRは「ギザギザの知能」を悪化させる——ならばSystem Oneタスクで「認識論的に正直な確率」を持つ答えを最適化すべき、という整理だ。RLHFが確率分布にもたらすモード崩壊(mode collapse)が較正を毒するという指摘は、これまであまり表面化しなかった論点と言える。
また「最も苦い教訓は、MLの最重要部分はMLではないこと。正しいタスクと正しいデータがコンピュートに勝る」と述べ、TypeSafeを「モデルラボではなくデータラボ」と位置づけた。公開ベンチマークには否定的で、実ワークフローでの評価を推奨する姿勢も示している。
phantom-kv——重みに触れずKVキャッシュを「注入」してLLMの拒絶挙動を切り替える
RedditのLocalLLaMAで、LLMの拒絶(refusal)挙動を重み不改変のまま制御する「phantom-kv」が話題になっている。仕組みは、約18MBの学習済みKVテンソルバンクを、モデルのKVキャッシュに「最初から存在した会話履歴」として読み込ませるというもの。重みを書き換えるabliterationと違い、アンロードすれば元のモデルとバイト単位で同一に戻る。
興味深いのは運用設計で、マルウェア解析など正当なセキュリティ業務のみ解除を許す「ブルーピル」モードを備え、リクエスト単位で付け外しできる「能力モード」として設計されている点だ。開発者自身による監査結果も併記されており、長いセッションでは効果が2,000〜4,000トークン程度で薄れる(再注入で対処可能)ことなど、限界もオープンに示されている。
オープンソースの自律エージェントが数学の未解決問題に長期挑戦中——52時間・1億トークンの実況
同じくRedditから。Qwen 3.8 27Bを土台にしたオープンソースの自律エージェントが、組合せ数学の未解決問題である被覆デザイン「C(25,15,5)」の改善に挑ぶ実験が公開されている。既知の最良解は42グループで、41グループへの改善が目標。52時間以上の連続稼働で1億トークン超を処理し、ベストは44グループまで到達したという。
エージェントの内部推論・メモリ・試行履歴はサイト上でリアルタイムに閲覧でき、解の正誤は独立したチェッカーで機械検証できる。コンシューマーGPU(RTX 5090、条件次第でRTX 3090)で再現可能な実験であり、「オープンソースのエージェントが数学で研究ブレークスルーを起こせるか」という問いへの現実的な一歩として注目される。
AI規制をめぐる政策シグナル——フィンランド大統領府がフロンティアAIの管理を訴え、米政権は「責任の盾」を拒否
フィンランド大統領府が「フロンティアAIモデルの管理を(A Call for Control of Frontier AI Models)」と題する声明を公開し、先端的モデルへの統制強化を訴えた。一方アメリカでは、ベッセント財務長官がCNBCのインタビューで、トランプ政権がAI業界のリーダーたちに「責任の盾(liability shield)」を与えるつもりはないと明言した。イノベーション優先に見える政権が免責の付与には踏み込まない——というメッセージは、業界にとって注視に値するシグナルと言える。
日本勢: キユーピーが工場シミュレーション工数8割削減、一方「脱メインフレームは7割超が失敗」
国内企業の実務系も2つ。キユーピーは、生成AIを使って工場シミュレーションモデルの開発工数を8割削減したという。専用ソフトウェアと専門言語の知識が必要で属人化しやすいモデル構築について、「3つの壁」をどう乗り越えたかを公開している。
また、2026年度上半期のシステム刷新関連記事ランキングでは「脱メインフレームは7割超が失敗、背景に生成AIへの過信」という予測が紹介された。「生成AIがあればレガシー刷新は楽になる」という期待に冷や水を浴びせる内容で、AI時代に人の役割が何を残すのかという議論と合わせて読まれている。
まとめ
自己改善を目指すMiMo-V2.6、権限の集中が生んだMuseのゼロデイ、訓練の北極星を問い直すJevのRLCD。モデル・セキュリティ・思想の各層で「当たり前」が揺さぶられている。オープンソース側も数学問題への長期挑戦など、派手さはないが地に足のついた取り組みを積み上げており、この流れは続きそうだ。
