SalesforceのCRM推論モデル「Koa」、実務タスクでエラー3分の1
Salesforceは9月15日、年次イベント「Dreamforce」で同社初のCRM向け推論モデル「Koa」を発表した。NVIDIAのオープンモデル「Nemotron 3 Super」をベースに、約30年分のエンタープライズCRM運用から作った独自の合成データセットでポストトレーニングを行ったものだ。
前回お伝えした時点では発表の概要までだったが、NVIDIAが公開した講演レポートなどで中身が見えてきた。
訓練には教師ありファインチューニングと強化学習を組み合わせ、NVIDIAのNeMo RL、NeMo Gym、NeMo AutoModelというツール群を使用した。訓練データは製造、金融サービス、医療、旅行など14以上の業界をカバーする合成エンタープライズシナリオで構成される。
注目は成績だ。案件情報の更新、サポートケースの振り分け、フォローアップの日程調整といった実務タスクで構成される独自ベンチマーク「CRM Bench」で、KoaはCRMアクションにおいて主要モデルと同等以上の性能を、エラーは3分の1という水準で達成したという。
プライバシー設計も特徴的だ。Nemotronがオープンモデルであるため、SalesforceはKoaを自社インフラ上でファインチューニングして実行し、重みを自社の管理下に置ける。訓練にも推論にも顧客データは使わないとされ、プラットフォーム・エンジニアリング責任者のRohan Kumar氏は「顧客データは1バイトも使っていない」と説明した。
提供も前倒しが進んでいる。10月からF1、シカゴ大学医学部、Baxter Credit Union、1-800Accountant、Engine、Xeroでの顧客パイロットを開始し、Agentforceの顧客が選択できるモデルの一つとなる。一般提供は2026年冬(米国リージョン)の見通しだ。すでにSlack上の従業員エージェントとして社内で稼働しており、NVIDIA自身も販売・サービス・マーケティング・運用をSalesforce上で行い、カスタマーサポートでのAgentforce試験導入を進めているという。
「安全はエンジニアリングの問題」──フアンCEOと3社協議をめぐる綱引き
同じDreamforceの舞台で、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOはAI安全をめぐる見解を述べた。TechCrunchが報じるように、フアンCEOはAIを「異質な精神(alien mind)」のような存在ではなくハードウェアとソフトウェアにすぎないとし、安全は各AI製品の開発者がエンジニアリングで確保できるものだと主張した。規制は不要で、安全は各社に任せるべきだという立場だ。
NVIDIAの講演レポートにも同様の発言が記録されている。「安全は多くの意味で最優先事項だ。ただし安全はエンジニアリングの問題だ。われわれは結局、コンピューティングシステムを作っているのだから」「機能・能力・安全性に自信がないなら、リリースすべきではない」。さらに「イノベーションとスピードと安全な製品は二律背立ではない。両方を同時に持てる。できるだけ速く走れ。ただし会社の統制を失ったと感じたり、製品の安全が保てないと感じたりしたら、立ち止まって正しく直せ」とも語った。
この主張の背景には、業界側の自主的な安全協議の動きがある。Bloomberg報道をITmediaが伝えたところによると、OpenAIがAnthropicやGoogle DeepMindとAIの安全性確保に向けて協議を進めていることが明らかになった。ただし、反トラスト法(独占禁止法)の適用除外を巡っては米当局が警戒を示しており、議会でも法案提出の議論が活発化しているという。企業間の安全協議を業界の自律と見るか、談合の温床と見るか。行政と議会の監視の目が強まる中で、フアンCEOの「規制不要」論はこの論争の火種になりそうだ。
フアンCEOはまた、オープンモデルの採用率が昨年初めの30%から現在は70%程度に達したと述べ、「あらゆる企業、あらゆる国がAI企業になる。それはエージェンティック・エンタープライズだ」との見方を示した。
富士通、国産CPU「モナカ」の販売へ──3兆円のAIビジネスを狙う
日本発のニュースでは、富士通が国産CPU「モナカ」の販売に乗り出すことが報じられた。スーパーコンピュータで培った同社の技術を結集した「小さなチップ」で、2035年度までにAI市場で3兆円規模のビジネス創出を目指すという(ITmedia)。
AIデータセンター、今度はフィラデルフィアで住民と衝突
データセンター建設への反対運動は全米的に広がっているが、新たな舞台がフィラデルフィアになった。TechCrunchの報道によると、同市の当局者が、閉鎖された製油所の影響が残る近隣地域でのデータセンター建設の可能性に言及したことで、論争が起きているという。
大規模産業による環境負荷の記憶が残るコミュニティに、AIブームを支える巨大施設が建つことへの懸念が噴出した形だ。生成AIの需要でデータセンター建設は加速しており、電力や水、土地利用をめぐる地域との摩擦は今後も各地で表面化するとみられる。
オーストラリア政府、AI訓練データに「オプトアウト」制度を提案
著作権とAI訓練データをめぐっては、オーストラリア政府の文書が、クリエーターの作品がAI訓練に使われることを拒否できる「オプトアウト」制度の案を含んでいることが分かった(ABC報道)。権利者が自らの作品の訓練利用を拒否できる仕組みで、各国で議論が進むオプトアウト方式をどこまで制度に組み込むかが焦点になりそうだ。
米ロサンゼルス学区、学生のAI利用にモラトリアム
教育現場では、米ロサンゼルス統一学区(LAUSD)が学生のAI利用に対するモラトリアム(一時停止)を採用した(Education Week)。教室でのテクノロジー利用を制限する一連の動きの一環という。AIの学習への影響をどう捉えるかは学区や学校で判断が分かれており、制限と活用のバランスを探る事例として注目される。
中国国家CERTが「スキルポイズニング」を警告──エージェントAIのサプライチェーンリスク
セキュリティ分野では、中国の国家組織(National CERT)が「スキルポイズニング」と呼ぶ攻撃手法への注意を喚起したことが報じられた。AIエージェントが読み込む「スキル」(ツールやプラグイン、指示セットなど)に悪意あるコードを混入し、エージェント自身をマルウェアの配送経路として悪用する手法で、エージェント型AIの普及が進むほどサプライチェーンリスクが高まるという警告だ。
まとめ
汎用モデルを自社用途に仕立てるポストトレーニングの実例が増えている。Koaは特定領域に特化したモデルで実務レベルの成果を数字で示した点で象徴的だ。一方、安全を業界の自主性に委ねるべきというフアンCEOの主張と、それを監視しようとする行政・議会の動きは、今後のAIガバナンス論争の対立軸になりそうだ。ハード面では国産CPU「モナカ」がAI市場に投入される。実装と統制、両方の議論が同時に進んでいくことになりそうだ。
